未知の彼ら――概念の《魚》?

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ココナラで《時の魚》と購入者さんのお見合いのようなものをしていると、

 

ときたま、私が全く知らなかった種類の《時の魚》と思いがけず遭遇していらっしゃる方が居ます。

 

そういうとき、私はどうにかして「彼はこういうものです」という紹介をしてあげたくなるのですが、

 

情報も知識も能力も全く足りていない今、それが出来ない場合もあります。

 

また、私が彼らを視るモードへ潜り、色々と探してみて、

 

やっとのことで見つけても、何故か後姿や尾っぽしか見せてくれなかったり、

 

やたらと逃げて行ってしまうことも、たびたびあります。

 

「あぁ、あと少しだったのに」

 

分からないことが、沢山あるのです。

 

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何か問題が起きた時、それを精神世界の理論で解き明かそうとすると、

 

また、実社会で納得できなかったことを、真に原因を深く突き止めようとすると、

 

分からないことが多すぎます。

 

分からない。

 

私は、こんなにも知らないものに囲まれていたのか。

 

それは、あなたをぞっとさせることもあるでしょう。

 

しかし、それでも。

 

それでも知りたくて堪らなくて。

 

ふとした時に気になってしまって。

 

あの先はどうなってるんだろう。

 

この答えは、あの向こうにあるのかもしれない。

 

知的探求心は留まることを知らず、一種背徳的な恐怖感さえその心を煽り、

 

どこまでも自分を突き動かしてしまうとき。

 

それは、きっとあなたを大きく変えることでしょう。

 

もしかしたら、たどり着いた先で、知らない方が良かった、と口を零すかもしれません。

 

それでも良いのです。

 

あなたは「知らない方が良かった」ということを知ったのですから。

 

そこまで迷路を潜り抜けてきた、誇りを持ってください。

 

きっと、あなたの後に続く人たちが、あなたの知識を欲しています。

 

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分からないことよ。

 

知的探求心よ。

 

狂おしいほどの好奇心が、きっと、どこかに眠っているはずです。

 

 

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。