原因がわかる≠解決できる ということ。

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私は、ココナラというサイトで占いカテゴリの出品をしています。

 

出品をする以前に、占いを受ける側として利用したこともあります。

 

鑑定を通じて、する側としてもされる側としても、つくづく思うことがあります。

 

原因が判明しても解決できるわけではない。

 

ということです。

 

スピリチュアルなこと抜きでも、一般的に感じられることだと思うのですが、

 

どれだけ他者が「あれが原因」「こうすれば良い」「あなたの問題点は…」と

 

言ったところで、「じゃあそれを無くせばいいんだ!」と知ったところで、

 

イコール解決の道、とはならないのです。

 

何か問題が起きて、例えば、それが他者に非があった場合、

 

他者を変えられるでしょうか。問題の他者から離れる事が出来るでしょうか。

 

問題だと伝えることができるでしょうか。

自分一人でできる範囲内の最善を尽くせるでしょうか。

 

また、仮に自分が原因だった場合、

 

すぐさま自分の欠点を消せるでしょうか。癖を治せるでしょうか。

 

考え方を変えることができるでしょうか。行動を変えることができるでしょうか。

 

変えることが出来たとして、それを維持できるでしょうか。

 

ちょっと意地悪な言い方をしましたが、おそらくそれは難しいことではないでしょうか。

 

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「問題の原因を消す」こと自体も、当然上記の通り難しいのですが、

 

まずは「原因と対処法を知ったことで満足してしまう」という関門を突破しなければならないのです。

 

夢や目標を口に出しただけで達成した気分になったり、ということと似ています。

 

こういった人は「考えるだけで満足!」という、

ある意味非常にエコな人でもあるのですが、

 

何かの問題の根本原因から改善しようとするのは、非常に力が要ることです。

 

その関門を突破しても、「自分で問題に対処する気力を持つ」という関門が待っています。

 

「困った!どうしよう?」と考えて相談する人は、

 

全員が全員「解決する気のある人」というわけではありません。

 

「どうしよう、どうすれば」と右往左往する不安をとりあえず解消するためだったり、

 

誰かに話を聞いて共感してほしいだけだったり、

 

奇跡がおきて自然に解決するのを待つつもりしか無かったり、

 

という場合も往々にしてあるのです。

 

個人的には、この「解決する気になる」というのが一番の難所だと思っています。

 

今までの問題で疲れ切ってしまっていたり、

 

他の人のアドバイスを受け入れられない状況になっていたり、

 

やる気が出てもすぐにしぼんでしまったり、

 

と、様々な「気にならない」要因があるからです。

 

もちろん、こういった人々にはそれぞれに合わせた対処が必要です。

 

が、最終的には「この問題は自分で解決する」と決心し、行動しなくてはなりません。

 

他人はそう簡単に変わらないからです。

 

(そして多くの問題は、掘り下げると自分が原因だったりするからです。)

 

自分を動かせるのは、自分しかいません。

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カウンセラーや、占い師や、アドバイザーが、あなたに代わって解決してくれるわけでも、

 

彼らがあなたを操り人形のように糸で動かし、あなたは全く力を使うことなく解決、

 

なんてことはありえないからです。

 

良く考えなくても当然のことなのですが、ついつい忘れてしまうことでもあります。

 

だからこそ、肝に銘じておかなければならないのです。

 

原因が分かったから解決できるわけではない。

 

ということは、問題も原因も解決法もすべてわかっていても、

 

どう動けばいいのかわからない、という状況が存在する、ということでもあります。

 

そういったときには、助けを求めることが重要になります。

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「今こういう困ったことが起きていて、たぶん原因はこれなんだけど、

私一人では対処の仕方が分からないんだ。助けてほしい」

 

と言うこと。

 

これが言えない、という場合は、それもまた問題の一つとなります。

 

頼れる人が居ないから?嫌われてしまいそうで怖いから?

助けの求め方がわからないから?恥ずかしいから?

 

それはどうしてか?どうやったら解決できるか?代替案はあるか?

 

と、ここまで考えて、なおかつ解消できてはじめて、

 

「問題が解決した」ということになるのではないでしょうか。

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今回はいつになく厳しいことを書きました。

 

シビアな文章になってしまうのは、それが私自身の課題でもあるからだと思います。

 

自分に対してゲロ甘な一面があるのを認識しているので、その反動なのか、

 

自分でもドMか?と思う程厳しい追及を行うことが、度々あるのです。

 

そんな私への糾弾が、誰かの参考になればな、と思いつつ、書いています。

 

 

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。